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米国史と先住民族

  米国史と先住民族 一般の人々が持つ常識には誤解が多い。

アメリカ大陸はコロンブスが発見した!

白人で初めて北米大陸初上陸をしたのはバイキングのエリックソン(スカンジナビア人でアイスランド在住)で、アイスランドには彼の銅像まである。白人の前はもちろん1万5千年前に先住民族の祖先達がすでに来ていたし、西暦400年頃、中国の仏教使節が渡米していた記録も残されている。カリフォルニア付近で生活していた先住民族が卍マークを紋章として使っていたくらいだ。

アメリカはイギリスの植民地からはじまった!

イギリス人の前はスペイン人達がすでに植民地化していたし、オランダ人達は立派な都市まで作っていたし、その前もバイキングやアジアから大勢来ていた。

メイフラワー号は米国開拓最初にやってきた船である!

メイフラワー号の前にイギリス人たちが1606年に着き、ジェームスタウンというのを作っている。その前は1500年にスペイン人がセント・オーガスティンを首都としたフロリダ周辺を植民地化していた。

アメリカはイギリス人が自由、平等と博愛を求めて開拓された!

ジェームスタウンに辿り着いた105人の内、半分はジェントルマン階級と言われる人、残りは召使い(奴隷)、女性は数人(家族単位での移動ではない=植民ではない)の妻のみ。当時「アメリカに行けば、スペイン人が残していったマヤ、インカの金銀財宝がいくらでも手に入る」という噂を皆が信じてやってきたのである。しかし、辿り着いたがそんなものはどこにもない。住むにもジェントルマン階級は手をよごして仕事をした事がなく、途方に暮れるだけである。 教科書には「ジェームスタウンを作った勇敢な人々は厳しい冬を越せず、翌夏はマラリアがはやり人数は半分に…」と書かれてあるが、実状はもっと酷かった。お金は役に立たないし、食べ物はないため、まず奴隷たちが死んで行った。それでもジェントルマンは働かない。奴隷が死ねば料理も出来ないので食べられなくなる。酷い人はお墓を掘り起こして死んだ奴隷の死肉を食べ、妻を殺して肉を食べたという資料が残されている。

ピルグリム・ファーザーズ(巡礼の祖先)。 エリザベス1世の清教徒弾圧のあと1620年、メイフラワー号に乗って信仰の自由を求めて渡って来た勇敢な102人!

102人の内、本物のピルグリム・ファーザーズは半分もいなかった。大半はアメリカに行けば土地をもらえるという漁夫の利を狙った人。当時作られたピルグリム憲章とは「公正と平等を重んじる社会の建設を誓う」、いわゆる米国で最初にできた協定、法律の走りだったが、もし全員が同じ志気だったらこんなものは必要なかったのである。山師を抑えるための法律。着いてすぐに冬、ボストン近郊のプリマスはただでさえ寒い所で、冬の途中で半分近くが死んでしまう。 そんな彼らを放っておけないと救ったのが、地元にいた心やさしい先住民族。奇跡的に片言英語を話せる先住民族(以前海賊の奴隷としてこき使われた時に言葉を覚えた)がいて、彼らに救いの手を差し出した。春が来てからトウモロコシ栽培や七面鳥(本当は鶏だったと言われている)の飼育等を教え、命の恩人となる。夏を終え、収穫はたっぷり、これで冬は過ごせる! 先住民族の人たちありがとう! と、感謝の気持ちをこめて、秋口にお祭りをおこなった。これが今にも続いているサンクスギビング(感謝祭)である。 サンクスギビングはいまでこそ美談として通っているが、その後彼らの子孫世代になると、白人が増加し、さらに土地が必要となってくる。そんな白人達は自らの命の恩人を皆殺しにし、生き残った先住民族は奴隷として売り飛ばしてしまった。
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