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開拓者西へ~先住民族の悲劇

  開拓者西へ~先住民族の悲劇 開拓者達は植民地時代からすでに個人的にアパラチア山脈(ケンタッキー州)を越えていた。みな、馬車に乗ったり、水路を辿ったり、あるいは、足任せに歩いたりして、アパラチア山脈を西へ越えていった。しかし、当時のアメリカ人が西へ広がる自由の天地といっていた場所も、決して無人の土地ではなかった。ここは自分達の土地、と信じる先住民族が住んでいたのである。当時の政府はどのような対応をしたのだろうか。 先住民族をアメリカ人とは、考えていなかった白人達にとって、これはヨーロッパよりも遥かに身近で切実な問題であった。 当初、政府はかなり誠実に対応しようとしていた。そこに住んでいる先住民と交渉して、物々交換か金銭の支払で土地を譲渡してもらう条約を結び、その後で自由な土地、つまり、公有地として、西部開拓民に分譲するという形を採った。しかし、条約を結ぶ時の土地の範囲は、あいまいなもので、政府がこのような交渉をする以前に人々はどんどん西に開拓していった。その結果、当然、先住民族との間に争いが起こった。 1793年に北西部の準州に住む先住民族の代表達がフィラディルフィアにワシントン大統領を訪ねた。2月1日、国務長官ジョン・バプディスト・デ・コワーニュは次の様に語り掛けている。 「私はあなたに心を開いて話そうと思います。私はまず、偉大な精霊に、生命の創造主に、それから、あなたに向かって挨拶しましょう……ケンタッキーにいるあなたの国の人達はまるで蚊の様に襲いかかって、私達を破壊しようとしています。私達もまた、蚊の様にケンタッキーの人々に危害を加えようとしています」 「しかし、私は、あなたを良い人間だと思います。あなたの国の人々に対して、公正であるように命じてください。彼らはいつも私達の土地を取り上げようと狙っているのです。彼らは私達の土地に侵入し、そこで猟をし、私達の生活を破壊し、私達を殺すのです。どうか一線を引いて、その片側に彼らをおいてください。もう一方の側にだけ、私達は住みましょう。私の父よ、私達の言う事をよく聴いてください」先住民達に文字がなかった為、これはアメリカ人側に残された史料である。ここでは一例を挙げたが、現在明らかにされている英文の史料によれば、その頃は各地に住む先住民族の代表が大統領を訪ね、ほとんど同じ様な苦情を述べた後で、みな白人との共存共栄を願っていたのだ。
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