地球の絶滅史 その3


6500万年前 巨大隕石衝突

中生代はその始まりと終わり、2億5100万年前と6500万年前の両方を、生物の大量絶滅事件で区切られる。古生代の生物ほど古くなく、一方で新生代のものほどは新しくない、「中」くらい古いタイプの「生」物が生息した時「代」である。

中生代は古い順に三畳紀、ジュラ紀、白亜紀の三つに分けられる。三畳紀はP/T境界事件からの回復の時代であった。海には新しいタイプのプランクトンやアンモナイトなど、さまざまな生物が繁栄した。陸上ではシダ植物や裸子植物の森林ができた。三畳紀の末期にはやや小規模な大量絶滅がおきたが、つづくジュラ紀、白亜紀の気候が温暖で安定していたので、多くの生物はその後も順調な発展を遂げた。

ジュラ紀には大型の恐竜が登場した。また脊椎動物の仲間では、魚類の多様化や鳥類の出現といった革新が起きた。鳥類が飛行の能力を獲得できたのは、当時の大気の高い酸素濃度と関連していたようだ。古生代の巨大トンボの場合と同じように、飛行という高エネルギー消費を支えるために、血液中の十分な酸素がすばやく体中に行き渡ることや、翼の羽ばたきを支える空気抵抗の増大が保証された。白亜紀に翼竜が巨大化したのも同様の理由であろう。

白亜紀中頃はプルームの活動がやや活発になった時期で、中央海嶺での海洋プレートの生産が高まり、大量の二酸化炭素が放出された。その結果、強い温室効果がはたらき、地球全体が温暖化した。 世界中の氷が溶け、無氷時代が訪れた。海水面は現在よりも200メートル以上、平均気温も10~15℃高かったらしい。



6500万年前、北半球の6月のある日、直径10キロの巨大な隕石が地球に衝突した。隕石衝突によって、直径100キロをこえる巨大なクレーターが形成された。衝突地点は現在のメキシコ、ユカタン半島の北西端で、周辺にはユリの花が咲き乱れていた。約2億年続いた中生代最後の日であった。

巨大隕石が衝突したのは、地質年代では中生代の白亜紀(Kreide)と新生代の第三紀(Tertiary)との境界にあたり、頭文字をとって「K/T境界」とよばれる。このときにおきた事件で、世界中の多くの白亜紀の生物が絶滅した。海では全盛をきわめていたアンモナイトが、そして陸では恐竜が絶滅したことは広く知られている。そのほかにも、海洋ではプランクトンの地球規模での絶滅があった。長期間にわたって安定していた中生代の気候に適応し、多様化してきた多くの生物群にとって、対応できないくらい大きな環境変化がおきた。「衝突の冬」が訪れたのだ。

隕石衝突の直後、周囲には衝撃波が走り、衝突地点付近では巨大な噴出物の柱ができる。衝突した隕石の直径は約10キロであり、その破壊力は冷戦時代にアメリカと旧ソ連の両国で保有していた核弾頭約2万5000発分の1万倍に近いものだったといわれている。



恐竜の絶滅は、古くから多くの人たちの興味を惹きつけてきた謎のひとつだった。さまざまな原因が提唱されてきたが、その混沌とした議論に終止符を打ったのは、二つの際立った発見であった。

一つはK/T境界に堆積した地層から、異常に高濃度のイリジウムなどの白金族元素が発見されたことである。イリジウムは普通地殻に少ない元素であり、隕石によってもたらされたと考えられる。二つ目は衝突クレーター自体の発見である。二つの決定的な証拠が出そろい、K/T境界絶滅の根本原因を隕石衝突以外で説明する声はほとんどなくなった。

衝突地点の岩石は瞬時に熱せられてとけ、そのしずくは周辺へと飛び散った。 しずくの一部は空中で冷えて固まり、「テクタイト」とよばれるガラス状の物質になった。 直径1ミリ以下の微小テクタイトが、カリブ海周辺でK/T境界の地層から多く産出する。その放射性年代測定は、6500万年前という恐竜絶滅の年代にピタリと一致する。

衝突現場周辺でとけなかった岩石も、衝突のときの強い衝撃波によってその結晶構造が破壊された。クレーターを埋没した地層からは衝撃で変形し、割れ目だらけになった石英やジルコンなどの鉱物が見つかっている。さらにカリブ海周辺地域のK/T境界層は、微小テクタイトを大量に含む特異な砂岩層からなる。 これは衝突の際に生じた大津波が運んだ堆積層であった。



最近、北アメリカ東岸のニュージャージー州沖と太平洋北部での深海底の掘削により、新しい証拠が追加された。 ニュージャージー沖のK/T境界の地層から、多数の微小テクタイトが発見されたのである。 また、太平洋北部ではついに隕石自体の破片がみつかった。

K/T境界で巨大隕石が衝突したことは、ほぼまちがいない。一方で大量絶滅が、世界的な規模での環境変化を意味することも確かである。 しかし、白亜紀に生息していたさまざまな生物が実際にどのように大量絶滅したのかは、まだよくわかっていない。隕石衝突がおきたあとに予想される一連の事件と、絶滅のシナリオは次のように考えられ、「衝突の冬」とよばれる。

衝突の標的になった地域周辺では、強い衝撃波や熱線が生じ、大量の海水が蒸発した。やや遅れて大規模な津波による直接的な被害が生じた。 しかし、その被害はごく一部の地域に限られたので、地球規模の大量絶滅には至らなかった。とどめは少し遅れてやってきた。衝突によって巻き上げられた大量のちりやガスが成層圏に達し、全地球をおおう巨大スクリーンを形成した。 太陽の光が遮られ、世界は急激な寒冷化をむかえた。

水蒸気は冷えて雨となり、蒸発した岩石の一部の成分は濃硫酸に変化して水滴に取りこまれ、強い酸性雨となった。植物の被害は大きく、結果として動物の食料不足を招いたのである。一方、衝突とは無関係に中央海嶺などの火山活動によって、地球内部からの熱や二酸化炭素が蓄積されていった。 その結果、温室効果がはたらき、暗やみで温暖化がはじまった。この温度変化に対応できず、多くの生物が絶滅した。光合成の停止や急激な気温変化などにより、全地球規模で生物が二次的被害にあった。「衝突の冬」の影響は、先にのべた直接的な被害よりもはるかに深刻だったのである。
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