地球の絶滅史 その2
2億5100万年前 史上最大の大量絶滅

古生代、生物は多様に進化を続けて繁栄した。 5億4300万年前にカンブリア紀が始まると、古生代という一つの時代が幕を開けた。生物はめざましい進化をとげ、現在みられる動物ほとんどの体のつくりとなる基本型があらわれた。多様化した生物は古生代の間ほぼ3億年かけて進化し、海の中で多様な生物群が繁栄した。三葉虫、筆石、ウミユリ、腕足類、古生代型サンゴ、古生代型アンモナイト、オルソセラス(巻きなしアンモナイト)、フズリナ(石灰質の殻をもつ単細胞動物)などが代表的なものとして知られている。

4億5千万年前ごろ(オルドビス紀後期)には、クモやサソリのような生物が最初に上陸し、やがて4億年前の前後(シルル紀~デボン紀)には、植物そして両生類が陸上に進出した。3億5000万~3億年前(石炭紀)には、氷河が発達したにもかかわらず、大森林が形成されるまでになった。光合成を行う生物が地球規模で繁栄した結果、酸素が大気に満ち、現在よりも高い濃度になった。

昆虫類が大いに栄え、なかには広げたはねの長さが70センチメートルをこえる巨大トンボなどの大型飛行昆虫が出現した。 巨大昆虫の飛行は、生理学的に大量の酸素消費を必要とする。当時の高濃度の酸素大気が巨大飛行昆虫の出現を可能にしたらしい。古生代の最後の5000万年間はペルム紀(二畳紀)とよばれる。石炭紀からの生物の繁栄はペルム紀の中頃まで続いた。



古生代の終わりは2億5100万年前に突然やってきた。海や陸に住んでいたさまざまな生物が、一斉に絶滅したのである。これは、古生代終わりのペルム紀(Permian)と、中生代はじめの三畳紀(Triassic)の頭文字をとって「P/T境界絶滅事件」と呼ばれる。

陸域周辺の大陸棚の浅い海には、多種類の動物が生息していたが、その多くが短期間に絶滅した。 中でも海底に固着生活していたサンゴやウミユリ、腕足類などが大きな被害を受け、泳ぐ能力をもった生物に生き残ったものが多いという傾向があった。また当時の海洋の中央部においてもプランクトンの絶滅が起きた。陸上では、それまで栄えていた森林の崩壊が起き、かわってキノコなどの菌類が大繁殖した。昆虫類も打撃を被り、中でも巨大飛行昆虫は全滅した。

P/T境界絶滅事件で古生代型生物群は大打撃を受けた。完全に絶滅したわけではないが、その後の中生代に環境が回復しても、彼らがかつての繁栄の水準にもどることはなかった。 地球表層のあらゆる部分に大きな環境ストレスが加わり、きわめて短い時間に多種類の生物群が絶滅したのである。 シカゴ大学のラウプ博士らは、当時の海にすんでいた無脊椎動物種のうち、最大で96%が死滅したと見積もった。

P/T境界での事件は、ほかの大量絶滅とくらべても、桁違いに大きな出来事であった。原因については、気候の温暖化あるいは寒冷化、海水の塩分濃度の変化、海水面の変動と生息地の減少、「超新星爆発」とよばれる天体現象など、いろいろな説が提唱されてきた。地球外の原因を示す具体的な証拠は皆無なので、地球内部に原因が求められるが、まだ最終的な結論は得られていない。

大量絶滅は超大陸が分裂するときに起きた。生物界の被害の大きさからみて、P/T境界絶滅事件は、最近6億年間の生物圏でおきた事件の中で最も特異である。

ちょうどこのころ、生物圏のすぐ下の固体地球でも、きわめて特異な出来事が起きていた。当時は、大きな大陸のかたまりが1ヶ所に集まり「パンゲア」とよばれる超大陸を形成していた。この超大陸パンゲアが分裂しはじめたことが、大量絶滅に関係したらしい。



地球の表面は複数の堅い岩板であるプレートでおおわれている。それぞれのプレートはある方向に運動している。海洋プレートは、しばしば大陸プレートの下に沈みこむ。このような海洋プレートの沈みこみが続くと、元々離れていた大陸同士が接近し、最終的に衝突し、合体する。複数の大陸の衝突と合体が1か所でおきると、超大陸ができる。

世界中の主要な大陸を1か所に集めなければならないので、超大陸の形成には長時間を要し、まれにしかおきない出来事である。 このような超大陸の形成は、過去に数回おきたことが確かめられているが、パンゲアは最も新しい超大陸で、約3億年前にほぼ形成され、2億年前には分裂していた。パンゲアのひとつ前の例は、6億~5億年前の超大陸「ゴンドワナ」にまで遡らなければならない。

超大陸の存在と生物種数の増減に関連があることは、プレート運動を説明する「プレート・テクトニクス理論」が登場した直後、今から約30年も前に指摘されていた。当時はなぜそのような関連があるのかは十分説明されなかったが、今、謎が明らかにされつつある。P/T境界での大量絶滅は、超大陸パンゲアが分裂する最初の時期に起きた。大量絶滅の究極の原因は、超大陸の分裂を引きおこすマントル内の「スーパープルーム」の活動であったらしい。



スーパープルームは、地表から2900キロメートルの深さにある核とマントルの境界で、間欠的に発生する高温の上昇流である。マントルをつくる岩石の固体の流動だが、全体は巨大なキノコのような形になる。スーパープルームがマントル内を上昇し、超大陸の直下に達すると、周辺の地殻全体が押し上げられる。巨大なドームとして隆起した地殻の表面には引っ張り力が加わり、放射状の割れ目が数多くできる。地下では上昇するプルーム物質が圧力の低下によって溶け、さらに大陸地殻の一部が溶けたものを加えて大量のマグマを生じる。

その結果、割れ目群に沿って大量のマグマが地表に噴出し、広い範囲で異常に大規模な火山活動が起きる。このような大規模な火山活動をともなって、超大陸の初期分裂がはじまる。さらに時間がたつと、地殻はさらに水平に引き伸ばされて地形的に低くなり、最終的には海水が浸入してくる。プルームは同時に複数が活動することが多い。隣り合った裂け目どうしが連結してより長い裂け目ができると、一連の海底山脈である「中央海嶺」と巨大な海洋が出現する。

パンゲアは、このようなスーパープルームの活動が原因で分裂した。パンゲアが割れて初期の大西洋が入りこんできたのは三畳紀の後半であったが、分裂のきっかけになる最初の地殻の隆起と異常な火山活動はもっと古く、P/T境界ころまで遡る。

下降流に対応して、下部マントルの底からわき上がる巨大な上昇流がスーパープルームであるが、キノコのかさのような頂部の直径は1000キロメートルを超える。固体地球の中では、最大規模の熱および物質の移動である。超大陸が分裂する最初期には、地殻のすぐ下にまでスーパープルームの頂部が達して、地殻を押し上げる。



P/T境界のころにスーパープルームの頂部が地殻に達すると、異常な火山活動がおきた。最初に噴きだしたのは「キンバーライト質」のマグマだったらしい。キンバーライトは、地表から150キロメートルよりも深部で生成される、ダイヤモンドを含む火山岩である。核とマントルの境界に起源をもつらしい。 気体を大量に含むため、新幹線並みの高速で地表に上昇し、きわめて爆発的な噴火をする。

キンバーライトの噴出孔は隕石衝突によるクレーターによく似ている。超大陸の分裂もキンバーライトの噴火も、人類はまだみたことがない。未経験の出来事ではあるが、P/T境界でおきた生物圏の危機は次のように推定される。

キンバーライトの爆発的噴火によって、大量のちりやガスが大気上空の成層圏に噴き上げられた。それらは長期間に渡って成層圏にとどまり、ちりやガスの雲がスクリーンとなって太陽光をさえぎった。 太陽光の遮断は、地表の暗黒化と急激な寒冷化をもたらした。ちりやガスの雲に含まれていた窒素酸化物や二酸化炭素は、酸性雨となって降り注いだ。その後しばらくすると、大気中に蓄積された二酸化炭素による温室効果で、今度は温暖化が始まった。

短期間に起きるこのような事件の連続は、さまざまな動植物にとって、複合的な強い環境ストレスとなった。特に食物連鎖の基礎である光合成の停止は、生物圏にとって致命的であった。光合成の停止は大気や海水中の酸素量を減らし、多くの生物にとって危機的なストレスとなった。巨大飛行昆虫の絶滅は酸素濃度の低下の結果であろう。

以上のように、スーパープルームの活動が根本的な原因となって、全地球規模の環境変化と大量絶滅がおきる一連の事件連鎖が推定される。核爆発や巨大隕石の衝突が原因でおきる「核の冬」あるいは「衝突の冬」シナリオに類似するので、これを「プルームの冬」仮説と呼ぶ。海洋地帯では長期の酸素欠乏がおきた。



超大陸パンゲアが存在した3億~2億年前、地球表面の半分以上は超海洋「パンサラサ」で占められていた。その海底には、海洋の表面からマリンスノーとなって落下した「放散虫」とよばれるプランクトンのケイ質の殻が降り積もって、「チャート」というガラス質の地層が長年にわたり堆積しつづけた。 P/T境界では、この超海洋全域で放散虫の大量絶滅が起きた。まさに地球生物圏は、そのすべてにおいて史上最大規模の危機をむかえた。

通常、チャートは酸化鉄を含むために赤い。海洋の表面では植物性プランクトンや一部の細菌が光合成を営み、酸素に富んだ表層海水を作っている。この表層海水が深海まで循環するので、海水中の鉄イオンが酸化鉄として沈殿するからである。

しかしP/T境界前後のチャートだけは、灰色ないし黒色である。これは海水中の酸素量が激減したために酸化鉄ができず、硫化鉄ができたからである。P/T境界をはさんで約2000万年もの間、超海洋の深海は酸欠状態になっていた。このような長期間の海洋酸欠事件は最近6億年の間には他に例がなく、特別に「超酸素欠乏事件(スーパーアノキシア)」とよばれる。

一方、世界中の浅い海もP/T境界のごく短い期間だけ酸素欠乏に陥った。このときの超海洋は、浅い部分から深海底まですべて酸欠状態になった。その酸欠状態のピークのときに大量絶滅が起きた。  P/T境界での超酸素欠乏事件も、プルームの冬にともなって、生物圏の光合成活動が停止したために起きたと考えられる。

異常な火山活動によって、生物圏の光合成活動が抑制されはじめると、深海まで十分な量の酸素が供給されなくなり、まず深海水が酸欠状態になった。やがてプルームの冬がクライマックスを迎えると、光合成が完全にストップして、浅い海や大気さえもが酸欠状態におちいった。その後、光合成の再開とともに、環境の回復がはじまった。回復は逆に浅い部分から進み、最後に深海まで酸素が届く状態まで戻り、回復とともに新たな生物群が登場した。



2億5100万年前の地球表層でおきた史上空前の環境変化は、海洋、陸上を問わず多くの生物を絶滅に追いやった。生き残った生物群は限られ、わずかな種類の二枚貝やアンモナイトがいただけであった。それらの二枚貝も、酸欠に強いタイプの薄い殻のホタテガイの仲間などに限られていた。P/T境界での生物圏の被害が異常に大きかった分だけ、環境回復には時間がかかった。

三畳紀に入り、環境激変の原因であった異常な火山活動が鎮まると、それにつれてプルームの冬は過ぎ去り、ようやく表層の環境も回復しはじめた。絶滅のピークから約1000万年たった三畳紀の中期には、生物群は以前の多様性を取りもどした。浅い海ではサンゴ礁が、海洋の中央部ではプランクトンの生産が復活し、生物の食物連鎖のピラミッドが再構築された。

またこの時点で、超海洋の深海における酸欠状態も完全に解消された。ただし復活した生物界を構成したのは、古生代末まで栄えたグループとはまったく異なる新しいタイプの生物群集であった。生物圏の環境が劣悪化、多くの生物種が絶滅し、その環境が回復してから現れるのは、生き残り組から新たな環境に適応して進化し発展した、まったく別の生物群であった。

P/T境界での大量絶滅の被害は大変深刻であり、その結果起きた生物の入れかわりも極めて大規模であった。これ以降の時代におきた絶滅事件でも、P/T境界事件に比較できる例は見当たらない。 今の地球上で見られる生物群の基本構成は、このP/T境界事件と直後の回復のときに決定されたといっても過言ではない。
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